2008年08月31日

明日、防災の日

今日は日曜日ということもあって市民が参加しやすいからか、明日の防災の日を前にして各地で「地震を想定した防災訓練」が行われたようですね。 TVニュースでは、東京都でも自衛隊、米軍も参加した防災訓練を行ったということが報じられていました。

ところで、読売新聞の電子版、『国民の心配強まる』によると、面接式の世論調査の結果75%を超える人が「自分の住んでる地域で大地震が起こる」不安を感じてるという。 判らなくもない。 調査時は岩手・宮城内陸地震が起こって2ヶ月足らずの時期だし、しかも当該地域は政府が発表してた「地震発生の確率」も今後300年以内に起こる確率は1%未満、つまり一般の人としては「地震なんて起こらない」と信じるレベルの地域だったのだから…。 その上で、90%に上る人が、一人ひとりが大地震への対策を取ることが被害を減らすことにつながると思うとのこと。 実際、その内半数以上の人がなんらかの対策講じているようですね。 また、東京都をはじめ各自治体も地震災害などへの対策を市民に呼びかけている。


ところで、今日行われた東京都の防災訓練も、それに先立ち26日に行われた国の基幹的広域防災拠点施設での防災訓練も、首都直下地震を想定した防災訓練だ。 訓練は、実際に行動として行うものも、机上の訓練も、どちらも大切だ。 SEの仕事をしてても、ネットワークやシステムが異常を起こすことを前提で運用の訓練を行ってることからも、異常時の訓練の重要性は良く分かる。

ところが、私には良く分からない点がある。 首都直下地震が起こった場合、彼らは地震発生直後を基点としてどの時点を想定した訓練なのかということだ。 今日の東京都での訓練も、デパートや地下鉄の駅から怪我人などを搬送する訓練や、また、帰宅困難者の運搬訓練が行われたと聞く。 それはそれで必要だし良いことだが、実際に首都直下地震が起こったら・・・消防も自衛隊も被災された皆さんの所へすぐ来てくれると思わない方がいい。


少し考えたら分かるだろうが・・・、現在の東京都消防庁の人員配置で直下型地震が起こったらどうなるか。 平時の救急車でさえ、救急の必要が無い様な呼び出しの多さに四苦八苦してるのだから・・・。 その上、人口密集地の東京で被災したら、建物および構築物、道路上の電光掲示板等の倒壊などによって幹線通路も含めて救助に向かう経路も寸断される。 震災直後は救援が来ないと思った方が良い。 国の想定では震災直後4万を越える人が自力脱出不能と想定されている。 この方達は震災直後24時間以降の生存確率は極端に下がり、72時間以降はほぼ絶望的ともいわれる。 皆さんは、果たして首都圏在中の消防・自衛隊を含め、4万人以上の被災者を3日以内で救えるとお思いか? 実際のところ、自力で脱出できて避難所にたどりつけても3日後に水・食料の支援が行き渡る保証はない。 避難所の生命維持の備蓄も3日程度だろう。 置き場がないから。 そもそも、首都圏に日本の人口の十分の1が集中している現状を考えると、残りの国民で彼らを支えきれるかを考えると極めて困難なことはご理解いただけるだろうか・・・。

つまり、極論を言えば、首都圏で直下型地震が発生したも3日間生存できなければそこでアウトだということであり、しかしながら、それを全く首都圏在住者にアナウンスされていないことが問題だと思うのだ。 居住者の半数が地震に備える必要を感じていても、どう備えるべきか、言い換えれば都や国がどの程度まで対応できるのかハッキリ示されてないことの方が問題なのではないだろうか。
・・・救えませんよと。

posted by 少彦梛 at 22:05| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

ある青年の死

とうとうアフガニスタンの地で、有為の日本人の青年が亡くなるという事件が起こった。 彼が拉致されたとの報を聞いたとき、どうか無事に・・・と思いましたが、最悪の、そして、残念な結果に終わってしまいました。 ご家族ご親族の皆様への心よりの哀悼の意を表すと共に、青年のご冥福を心よりお祈り致します。 結果は結果として受け止めねばなりませんが、誠に残念でなりません。


拉致犯人で拘束された2人は自らを「ヒズビ・イスラミのメンバー」と名乗り、共同通信の電子版によると『最初から殺すつもりだった』と供述しているという。 今回の事件は情報が最初から錯綜しており、この報道もどこまで正しいのか判らない。 犯行グループと治安部隊(これも現地警察なのかはっきりしないが)との銃撃戦もあったという報道もあり、青年らしい遺体が発見され足に銃創があったとの報道に接した時には、まず、治安部隊に誤射されて亡くなったのではないかと疑った(普通、軍事訓練を受けた者なら腹を狙うと聞くし、頭部を撃つは無抵抗の時だろう)。 ただ唯一疑いの余地の無いことは、亡くなった青年は、現地の人々のために、現地の人と、現地に溶け込んで皆に信頼されて援助活動を行っていたということだろう。


なぜ、現地の人々から慕われ、信頼の厚く、アフガニスタンの未来のために尽くしてきたこの青年が死ぬことになったのか? むろん、実際に手を下した犯行グループの所為であり、彼らと深く係わりがあると言われ、今回の犯行声明を出したターリバーンにも責任がある。 ただ、私は、彼らだけが悪者だとも思えない。

もともとは、アフガニスタンの実権を握っていたターリバーンに対し、9・11と言われるNYの同時多発テロの首謀者を匿ってる(?)として報復攻撃をかけた「テロとの戦い」がそもそもの始まりかもしれない。 しかし、国連の承認によるNATO軍を中心とした「国際治安支援部隊(ISAF)」がアフガニスタンの治安維持を支援し、そしてターリバーンは弱体化したはずだった・・・。 現に、アフガニスタン軍の元兵士の武装解除のみならず、非合法な武装集団の武装解除も進んでいたと聞く。 日本も、外務省のリリースにあるとおり、非合法武装集団解体他のために、現カルザイ政権に対し30億円を超える無償資金援助をしている。

しかし、元々ターリバーンの勢力が強かったアフガニスタン南部地域だけでなく、他の地域・州にもテロ、外国人襲撃、盗賊行為が飛び火し始めているという。 北部地域では大規模なテロが発生するようになり、カルザイ政権には、もはやターリバーンなど非合法武装集団を抑える力がない状況になっているようだ。 実際、カルザイ大統領暗殺未遂事件も起きている。 いったん力が弱まったターリバーンたちが何故勢力を盛り返してきたのか? もちろん、息を潜め身を隠していた連中もいるのだろうが、新たにメンバーになったり、また、協力する人々がどんどん増えているからではないだろうか。

では、なぜターリバーンなどの下に走る人が増えるのか。 「アジアプレス」所属のあるジャーナリスト氏によれば、『アフガン東部や南東部は米軍の誤爆や誤射などが多く、(一般人の間にも)外国人への反発が強まっている。 盗賊くずれやタリバン志願者も増え、2年間でさらに治安は悪化している。 2年前には“敵国”の外国人ばかりをターゲットにしていたが、最近は対象が「すべての外国人」に広がっている風潮がある。(要旨)』という。 また、空爆やその不発弾により畑の耕作ができなくなり、耕地が減ったため収益性の高いケシ栽培(アヘン)に走り、販路を持つターリバーンなどに資金が流れているとも聞く。

やられたから、やりかえす・・・。
今、アフガニスタンでは負のスパイラル・負の連鎖が再び広がっているのではないのだろうか。


ところで、今日の某公共放送のニュースで、『高村外務大臣はアフガニスタンの外相と電話会談し、「国際社会は尊い犠牲を払いながらアフガニスタンの平和と復興のための努力を継続しており、日本としても、引き続きできるだけの努力をしなければならないとあらためて感じている」と伝えた。』と報道されていたが、当の外務省は、先のリリースを出して2年、これまで何をしてきたのだろう。 今回の青年が拉致された事件でも錯綜した情報に振り回されっぱなしだ。

今回被害にあった青年の所属する「ペシャワール会」をはじめ、日本のNGOは5団体くらい活動していると聞く。 ところが、外務省はアフガニスタン国内に「日本人の安否」といった重要事項を収集するための情報網すら構築していない。 いろいろな情報を得るために、信頼できるアフガニスタン人を選び、雇う、といった時間はたっぷりあったし、そのための費用は十分あったはずだろう。 外務省は、普段からまともに仕事をしていないことも、また、入ってきた情報を分析するといった一番重要な能力すらないことも、今回また露呈してしまった。 アフガニスタンにも首都カブールに日本の大使館があるはずなのだが・・・。 

これでは、今回の事件の対策本部の本部長たる外務副大臣が何の対策も打てず、事件が起こったこの2日間に、然して訴えるものもないブログをパソコンに向かって打って、10回以上更新する暇があるのもいたしかたなかろう・・・。
posted by 少彦梛 at 23:19| Comment(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

もしかしたら…日本は今、未曾有の危機?

グリジアの南オセチアから始まった紛争は、日本の新聞やTVなどの報道機関は軽い取扱いしかしていない現在、もしかしたらのっぴきならない状況まで来ているのかもしれない・・・。 何せ、ロシアが南オセチアへ進行した翌日、世界的にそのことを紙上の一面で取り上げなかったのは、オリンピック当事者国の中国と、「ママでどう」が一面の日本だけだったらしい・・・。 情けない話だと思うのは、日本国民でも百人もいるだろうか? 欧米を含めほとんどの国では、みな一面トップ級の扱いだったと聞く。


産経新聞の電子版、『グルジア紛争の裏にエネルギー対立』によれば、コーカサス(またはカフカスとも)地方を含め、中央アジアやカスピ海沿岸国のエネルギー資源の派遣を巡り欧州&米国VSロシアの間でエネルギー資源をめぐる激しい覇権争いがあるとのことだ。 産経新聞では、「日本向けのエネルギー供給そのものへの影響はないだろう」と悠長に記しているが、とんでもない誤りであると思う。 むろん、今回の件で、欧州へ原油を運ぶBTCパイプライン(アゼルバイジャン〜グルジア〜トルコ)を始めとする主要エネルギー供給ラインが、一丁事あらばロシアに押さえられることが現実として示され、それにより原油市場での相場にはねかえり、日本も影響を受ける・・・といった生易しい状況ではない。 単なる原油高騰以上のインパクトが日本に対してもあり得る、と思えている。


まず、時事通信社の電子版、『NATOとの関係断絶も』にもあるように、NATOとロシア軍との対峙も想定されている。 もともと、NATOと米軍による旧東欧諸国への進出に対しては、ロシアはかなりの警戒を抱いていたと考えられる。 そこへ、旧東欧のチェコにレーダーサイトを置き、そして、米軍がポーランドにMD(ミサイル防衛システム、つまりパトリオットミサイル)を設置する国際条約に調印したことがNATO&米軍とロシアとの間の緊張を加速させたのは容易に想像できる。 例え、ポーランドのMDが「イランからの脅威の排除」と言い逃れしようとも、自国の首都モスクワの目と鼻の先にそんなものを置かれればロシアも黙ってはいられまい。 その上、黒海の自国のロシア艦隊へのアクセスするための要所であるグルジアにまで米国にちょっかいを出されれば更に黙ってはいられまい。

そして、今回のロシアの行動を支持してるのが、シリアである。 その見返りか、ロシアはシリアへの軍事支援を約束している。 ところが、そのシリアを敵国と見ているイスラエルは、実はグルジアに対して大量の武器を提供していると聞く(あるジャーナリストの言)。 それが本当ならば、グルジア軍が敗退したことにより、同じ装備のイスラエル軍がロシア製の軍備を有するイランに対抗できない可能性を示唆している。

しかも米軍が自衛権を行使し、同盟国が集団的自衛権をもって参加したイラク戦争とアフガン進攻(いわゆる、不屈の自由作戦・OEF)に最後まで反対した国の1つはロシアであるし、イスラエルのもうひとつの敵国であるイランへ武器供与をしてるのもこれまたロシアだ・・・。 へたをすると、リビアを始めとして、反イスラエル、また、米国に反感を持つイスラム・アラブ諸国がロシア側に付きかねない事態となっているのではないか。 米国・米軍にこれまでの力に衰えを感じている反米諸国は多かろう・・・。 そのひとつの例として、北朝鮮が「核計画の再開」を匂わせていることにも見て取れる。


いっとき力が落ちたロシアが再び米国に対抗でき得る、と判断した反米国が次々とロシア側につけば、それを背景に新たに米露の対峙、冷戦状態になれば日本もそれに巻き込まれるのは自明の理と言えまいか。 つまり、ロシアに対峙するために米軍にとって日本・沖縄という地理的の戦略位置は再び重要になり、陸軍師団司令部のグアム移転も白紙に戻りかねないし、米軍は更なる日本へ軍備拡張と、インド洋の給油活動に見られるような軍事費負担を迫るだろう。 当然、ロシア側もウラジオストックを始め極東の軍備増強に力を入れるだろうから、日本の置かれる軍事的立場は辛くなる・・・。 それを回避するには、日本も更なる外交努力をするしかないのだが、先の記事「日本が希求する平和とその手段・・・」に記したような日本のヘナチョコ外交力ではまったく期待できない、か・・・。


グルジアの紛争が元で米欧露の関係が最悪の事態に陥った場合、これまでのように日本が安穏と過ごせる保証はない・・・。 ちなみに、危機感の無い自公政権とその政府に期待しても無理である。 自分達が次の総選挙で如何に負け分を減らすかで汲汲としていて、今の国際情勢を理解しているかどうかすら怪しいのだから・・・。 

もしかしたら私の考え過ぎかもしれないし、また、そうならないことを祈るのみだ。
が、しかし、もしかしたら今日本や世界がとても危うい立場にあることを、またはその可能性について取材し、国民に伝えない日本の報道機関もやはり既に「死に体」なのではなかろうか・・・。
 
posted by 少彦梛 at 21:50| Comment(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

国際オリンピック応援団長(自称)

相も変わらずTVも新聞もオリンピックでお祭騒ぎ・・・。 開会式(私は観てないですが)では国際映像の花火がCGだったとか、歌を歌った少女は口パクで歌った子は別にいたとかで、某TVのニュースにおいてコメンテーターがやらせを批判していた。 そのニュース番組は、これまで何度かやらせ報道で非難されているというのに(苦笑)。 某放送協会では、最初の一週間ほど、ニュースの時間を予告なく変更してまで競技を中継し、まともにTVニュースが見られずイラついてしまった(苦笑)。

そんな中見つけた、読売新聞の電子版の記事『「日の丸おじさん」北京限り引退へ』。 金ピカのシルクハット様帽子を被り、羽織袴に扇子を持って応援している姿を、確か十代後半にTVで観た記憶がある。 その恰好を見て当時は「変なオヤジ」「日本の恥」とか思ったものだ。 しかも、モスクワオリンピックへの西側諸国の集団ボイコット以降、私はオリンピックには殆ど関心が湧かなかった。 なので、これまで「日の丸おじさん」がどういった方なのかまったく知らなかった。 しかし、彼は日本人とか外国人だとか関係なく、主義主張、宗教、国家、全てを超え、オリンピックを『平和の祭典』の理念の下、頑張る選手を応援してきた人だ。 今更ながらではあるが、若い頃のこととは言え「変なオヤジ」「日本の恥」と思った自らの不明を恥じ入ってしまった。

内外タイムスの電子版「山田直稔氏が新五輪構想をぶち上げた」も是非一読して頂きたい・・・。 改めてオリンピックの意義を考えさせられる記事だと思う。
posted by 少彦梛 at 21:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

ペットたちの安寧の時代は来るか

今日、8月15日は、先の大戦での戦没者を追悼し平和を祈念する日であり、「全国戦没者追悼式」が執り行われる。 個人的にも平和を祈念していても、実際には国際紛争が絶えないのもまた事実である。


そんな日に朝日新聞の電子版で見た『「猫カフェ」首都圏で急増中』の記事・・・。 「お茶」をしながら、ネコと一緒に遊んだりくつろいだりできる喫茶店のことらしい。 実際、猫好きで飼いたくとも、住環境により猫などのペットが飼えない人たちが「癒され」に来ているらしい。 ある意味平和なのだろう。 「猫カフェ」に通う、その気持ちは分からなくはない。 それに目をつけ、「猫カフェ」の全国展開を計画する企業も出てきているらしい。 ある会社では、現在展開中の3店舗で年間売り上げを1億円前後と見込んでいるらしく、その会社の社長は「猫カフェの需要はまだまだある」と話し、年内に都内で更に出店する計画を立てていると聞く。

私自身はその「猫カフェ」なるものに行ったことが無いのだか、どんな猫達がいるのだろうか・・・。 多くは「純血種」であるに違いない・・・と勝手に思っているのだが、はたしてこの「猫カフェ」なるもののブームはどのくらい続くのだろうか? 10年20年続くものなのだろうか? 少なくとも猫は10年以上生きる。 「猫カフェ」に居る猫が年老た場合、彼らはどうなるのだろうか? その生が全うされるまで経営者は責任を持って猫たちの面倒をみるのか? また、彼らが経営に失敗した場合、猫達の処遇はどのようになるのであろうか? 極めて心配でならない。 規模は小さくとも、「広島ドックパーク崩壊」と同じような状況に陥りはしまいか・・・。


一時期、ペットとして犬を飼うのがブームになった時期がある。 イヤ、今でもトイプードルだのミニチュアダックスフンドなどの小型犬は人気品種で、犬を飼うブームは続いているともいえる。 ただ、かつて人気犬種だったシベリアンハスキーなどはどうなったのか? 実際のところ、そういったその時々の人気犬種を当て込んで繁殖させ、一儲けしようとしたブリーダーと言われる人は数多くいた。 ところが、人気犬種が様変わりし・・・つまり需要が激変したため大金をかけて繁殖させた犬種が売れなくなり、所謂倒産した繁殖業者は多数いると聞く。 そして、その業者が繁殖用、つまり仔犬を生ませるためだけに生かされ続けていた親犬の多くは、「処分」されるとも・・・。 彼らの引き取り手が居なければだ。 破産した業者は犬達の餌も買えないから、養えきれず死んでいくしかない・・・。 場合によっては、犬達を放置して行方をくらます者もいると聞く。

むろん、金儲けを主目的にしない、きちんとしたブリーダーさんもいる。 恐らく極僅かだが・・・。


「動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)」もあるが、この法も本来の「愛護」とはかけ離れている感がなくはない。 例えば、各県で呼称は異なるが、県ごとに「動物愛護センター」という尤もらしい名前の組織が存在するものの、実態としては人間の都合で飼えなくなって「動物愛護センター」などに持ち込まれた犬猫、ペットは大量に処分(死)されているのが現実らしい。 国内で処分される犬猫は年間30〜40万頭にも上るとも聞く(要確認)。 「動物愛護センター」に持ち込んでも次の飼い主が見つかる、もしくは見つける努力がなされる犬や猫は極僅かだという。 もし詳しく知りたければ、「犬猫&処分」でネットを検索すれば物凄い数がヒットすると思う。

言うまでも無く、彼らが死(処分)を余儀なくされているのは、人間が自らの生命を維持するためではない。 ヒトの身勝手さによるものだ。 日本人が食のために捕鯨するのとは訳が違う。 私自身は極端な動物愛護の思想の持ち主では無いと思っている。 食べるためにヒトが生き物に死を与えてるのとは、訳が違うのだ。

ヒトが、自らの一時的な癒しを求めて安易に「猫カフェ」へ行くことや「猫カフェ」経営自体を否定するものではない。 しかしながら以上のような状況を鑑みると、「猫カフェ」は如何なものかとも思えてくる。


かつてある消費者金融会社がチワワをTVコマーシャルに起用し利用者を増やし、現在もある通信会社が白犬を起用したTVコマーシャルを流している。 これらを含めて、犬や猫などの動物をただ単に「ヒトのお金儲けの道具として利用する」ことに対し、嫌悪感を感じているのは私だけであろうか・・・。

人間の身勝手さに翻弄されない、ヒト以外の動物達の平和な時代はいつ来るのだろうか?
posted by 少彦梛 at 19:47| Comment(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

南オセチアでの紛争

8月8日に始まったグルジアの南オセチア自治州での、グルジア軍とロシア軍との紛争は、読売新聞の電子版『露が作戦終結命令』のとおり12日に一応収まった。
この間、日本は北京オリンピックに浮かれ、TVのニュースでの今回の紛争の扱いは小さく一般の人にはほとんど紛争の理由は語られていない気がしてならない。 私自身も実際のところ良く分からない・・・。 


実は、昨年の3月、当時の安倍元首相とサーカシヴィリ大統領(グルジア)とが会談し、「共同声明」が出されていることはあまり知られてないだろう。
この中で、二国間関係全般として『双方は、民主主義(中略)という基本的価値を共有する両国の関係を一層強化し、コーカサス地域の安定と繁栄に貢献していく考えであることを確認』している。
また、『アブハジア問題及び南オセチア問題が国際的に認知された国境内でのグルジアの領土一体性の原則に基づき平和的に解決されることが、グルジア及び南コーカサス地域全体の平和と安定にとって不可欠であるとの見解』も共有している。
要は、日本国として、アブハジア独立共和国も南オセチア自治州も「グルジアの国内(領土)」であると認め、グルジアを含めたコーカサス地方の安定に貢献していく、としているのだ。


しかしながら、今回の紛争で日本の外務省がロシア・グルジア両国に対して発したのは、「憂慮の念を伝えるとともに、事態がこれ以上エスカレートしないよう、すべての当事者が自制して、和平協議のテーブルにつくよう」と求めただけだ。 現在進行形で行われている紛争当事者同士に対し、この単なる期待でしかない求めがどれほどの意味を持つのだろうか。 残念ながら、日本には紛争解決に向けたの外交力そのものが無いだけではなく、日本としてのスタンスを国際的に主張する力量も無いのだ。 それを鑑みるとグルジアとの共同声明も虚しく聞こえるだけだ。
本来、グルジアとの共同声明に基づけば、グルジアの領土の南オセチアにロシア軍が駐留していること(ロシアは平和維持部隊と称して以前から駐留)を非難し、合わせて両軍の撤退と和平協議を求めるのが筋ではないか。 外務省のリリースどおりなら、ロシア、グルジア双方から無視されるだけだ・・・。



今回の南オセチアでの紛争の沈静化は、グルジア側から一旦軍を引きロシア側に「即時停戦と、それに向けた対話の用意がある」と伝えたことから始まったようであるが、仲介役にフランスのサルコジ大統領とクシュネル仏外相が当たっている。 これは、おそらくEC(ヨーロッパ共同体)の議長国がフランスだからであろう。 グルジア側からすれば、EU(ヨーロッパ連合)加入を目指す立場からこれをむげにはできまい。 もともと、グルジア軍が撤退したのは、ロシア側が南オセチアをほぼ制圧し(一部には南オセチアを出てゴリという都市まで進行したとの報道もある)、首都トビリシへのロシア軍進行を迎え撃つため、とも思われる。


そもそも、グルジアは旧ソ連邦が崩壊して以降、次第にロシアとの距離を取り、欧米との関係強化に努めてきている。 また、グルジアは現大統領下で、EU加盟・NATO加盟を目指している。 ちなみに、イラクへも米英に次ぐ約2千人もの兵力を送り込んでおり、また、今回の紛争ではこれらイラク駐留グルジア軍の帰還に米軍が輸送部隊を提供したとも聞く。 ロシア側からみれば、グルジアは黒海へ繋がる要所でもあり、カスピ海油田から地中海へ伸びるパイプライン(アゼルバイジャン〜グルジア〜トルコ)の存在は、カスピ海のロシアの原油利権にも大きな影響を与えている。 (注:カスピ海は領海が確定していない) この上、NATO加盟で米軍などが駐留すれば、ロシアとしては銃を持って玄関に上がられるに等しい。 ロシアの戦略上の拠点として、何とか押さえておきたい要所がグルジアなのだ。



もともと、グルジアは、アブハジアと南オセチアの独立問題を抱え、この2つの自治州とサーカシヴィリ大統領の対立により国際的には多くの批判を受けてきた。 そこに乗じたのがロシアだ。 ロシアに支援を求めてきた2つの自治地域の人々に対し、ロシアは自国政府発行のパスポートを発行している。(つまりはロシア国民、または、永住権を持つ者と認めているに等しい)

そして、「ロシアはあくまでも人道的見地から南オセチアに介入しているのであって、民間人を守り、(サーカシヴィリ大統領による)民族浄化を防ぐために介入している」のだと、ロシアの外相は主張している。 この主張は、かつてNATO軍と米軍が旧ユーゴスラビアのコソボ紛争に介入したのと同じ理屈ではないか。
(前記の日本とグルジアの共同声明を基に、両自治区はグルジアの主権が及ぶ領土であると、何故このロシアの主張に日本政府が声を大にして異議を唱えないかは不思議でならない。)


しかも、フィナンシャルタイム誌に対しスウェーデンのビルト外相は、「外国領内のとある地域に、自分たちの国が発行したパスポートをもつ人たちがいるからといって、その地域に軍事介入していいなど、そんな権利はどこの国にもない。 国内の人たちを保護する義務は、その人たちがいる国の政府にある」と応えた。 そして、「自分の国のパスポートをもつ人たちがどこか別の国にいる。 だから、その相手の国に軍事介入していい・・・この教義(ドクトリン)を駆使しようとしたがゆえに、欧州はこれまで何度も戦場と化した。 だからこそ、(ロシアが今回主張する)こんな教義(ドクトリン)は何としてでも、徹頭徹尾、否定しなくてはならないのだ」とも語っている。 (ちなみにスウェーデンはNATO(北大西洋条約機構)に加盟していない。) 


ビルト氏の言はもっとだ・・・、と思うのだが、「我が国は『平和協力国家』として、国際社会において責任ある役割を果たしていかなくてはなりません。」と述べた福田首相は、ビルト氏の発言をどのように聞くのだろう?
自衛隊のイージス艦が漁船を沈めた時も「あー、そうだってね。大変ですね」と発言する人だ。 遠い国での紛争も同様に「大変ですね」で済ますのかもしれない(苦笑)。

そして、今回の紛争の調停は難航が予想されているだけに、結局日本には、調停役のEUからも当事者たるグルジアからも、「何もしなかった国」としての評価(批判)だけが残ることになるだろうか・・・。


追記
時事通信社電子版
「国際司法裁にロシアを提訴=民族浄化と主張−グルジア」

16日追記
AFP通信より「【図解】ロシアとグルジアの軍事衝突」
posted by 少彦梛 at 20:57| Comment(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

日本が希求する平和とその手段・・・

昨日、8月9日、先日6日の広島市での「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」に続き、長崎市で「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が執り行われた。 今日の式典では、田上長崎市長が長崎平和宣言において「核兵器の廃絶なくして人類の未来はありません。世界のみなさん、若い世代やNGOのみなさん、核兵器に「NO!」の意志を明確に示そうではありませんか。」と市民レベルでの核廃絶運動を呼びかけている。

これに対してか、福田首相は式典のあいさつで、「非核3原則の堅持」(とはいえ、これまで米国は黙って何度も持ち込んでいるが)、そして、「先のG8サミットで、全ての核兵器保有国に核兵器削減を求め」「新たな認定方針に従いできる限り多くの方を被爆者認定する」と政治的アピールをすると伴に、「我が国は『平和協力国家』として、国際社会において責任ある役割を果たしていかなくてはなりません。」と述べたと聞く。

しかして、福田首相の言う、平和協力国家としての「国際社会の責任ある役割」とは一体何か? 日本として、どのような役割を果たしていこうというのか、とんとして判らない。 あ、ひとつだけ判っていることがある。 米国や国連に言われるがまま、多額のお金を拠出することだ(苦笑)。

解釈論はいろいろあるが、素直に読めば、日本は憲法により「国際紛争を解決する手段としての武力の行使と武力による威嚇は放棄」している。 武力の行使とは、ただ銃やミサイルをぶっ放さないというだけでなく、本来、武力行使を目的とした補給をも含むものである。 広義で言えば、日本駐留米軍への思いやり予算も憲法違反ということになりはすまいか。 何故なら、駐留米軍は「日本を守備する」ために存在するのではなく、極東・アジアの安定、ひいては武力による威嚇(行使)のために駐留しているのだから・・・。

閑話休題

では、武力行使の出来ない日本が平和協力国として果たせる役割は何があるのか。 それは、平和に向けた不断の外交努力以外に残っていない。 そもそも、国際紛争は外交努力で解決すべきものであり、武力の行使は最後の手段だ。 あの手この手とあらゆる手段を使って相手国を絡め取っていく必要がある。 ちなみに、外交努力をする上で国連安保理の常任理事国である必要もなければ、別に武力を誇示する必要はない。

しかし、日本の外務省の「外交力」には大いに疑問がある。 そもそも、日本の安全すら外交力では守れないであろう。 例えば、中国は江沢民主席の時代から「押せば引く国」と判断し対日本戦略を練っている。 残念ながら、今の日本政府には中国の主張を押し返す力はない。 せいぜい、小泉氏が総理大臣時代に靖国神社へ参拝するという「嫌がらせ」をするくらいだ(苦笑)。 それは、日本が軍事力を持たないからではない。 外務省の官僚が優雅に暮すために、高給を食みながらも仕事をサボっているからだ。 中国に駐在する高官などは、関係を持った中国人女性を通して情報を流したこともあった。 いわば、嵌められたのだ。 


日本が外交で中国を押し返せない例が、つい最近もあった。 いわゆる「中国製冷凍餃子中毒事件」で、中国国内での中毒被害発生の連絡を受けながら、日本政府が1カ月近く公表していなかったことだ。 毎日新聞の電子版『高村外相「中国側が口止め」』によると、当時の高村外務大臣は、「7月初めに報告を受けた。中国から捜査に支障をきたすので公表は差し控えてほしいと言われ、捜査の進展を期待して公表しなかった」とのこと。 同記事によると、洞爺湖サミットの前には外交筋では情報を得ていたことになる。 洞爺湖サミットでは日中首脳会談が行われていたが、福田首相はこの事実を知った上で「餃子問題を取り上げた」という。 では、先日五輪開会式に向け福田首相が訪中し、胡錦濤主席と会談した際、何故改めてこの餃子問題を持ち出したのか? それが意味するものは「外務省が仕事をしていない」こと以外の何ものでもない。

仮に、中国側の捜査に支障をきたす、とか、中国側の面子に譲歩して今回の中国国内での中毒被害発生について公表を差し控えていたことは是としよう。 しかし何故日本は中国に対し、この1ヶ月間、捜査の催促・進展の状況確認をしてないのでしょうか? 仮に、隠密裏でもすべきではないのか? 中国側と交渉し、極秘裏に日本の捜査陣を中国に派遣することをしないのでしょうか? 事実が暴かれた後、日本側が中国側に対しこの1ヶ月間何をどのように働きかけたのか公表されないのでしょう? その答えは、日本が日本の国の食の安全確保に対し、外務省が中国側の捜査に下駄を預け何もしていなかったからだ。

高村外務大臣は「中国から情報が入ってこなくなるから・・・」と言っていたらしいが、真の「情報」とは待っていても得られない。 仮にinformation(インフォメーション)は入って来ても、外交を行う上で最も必要なintelligence(インテリジェンス)は入って来ない。 自ら「情報を得る」努力が無くて、他国との交渉ごとは成り立たないのだから。


日本の国民の安全さえ守れない外交力しかもたない現在の日本政府に、「国際社会の責任ある役割」を担えるとはとても思えない・・・。
posted by 少彦梛 at 08:43| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

エコ? エゴ?

残暑お見舞い申し上げます。
昨日、立秋を迎えたものの、まだまだ暑い日が続きますね。 その上、近頃は局所的豪雨も・・・。


さて、立秋の昨日、産経新聞の電子版に「これってエコなの?」という記事が。 この記事では「打ち水でヒートアイランドに歯止めを」というイベントについて疑問を投げかけているのですが、7月22日に豊島区の巣鴨地蔵通りでの打ち水イベントで元環境大臣のオバサンが浴衣姿でにっこり笑っている画像付きでした。 モチロン、豊島区は氏の選挙区(東京10区)なので、来たるべく総選挙に向けた選挙活動の一環なのだろう(笑)。 


閑話休題

しかして、この記事でも疑問を呈しているように「打ち水」が本当に環境に良いのか? 確かに、水を撒くことによって一時的に気温は下がるだろう。 が、現在の東京のように、コンクリートとアスファルトに覆われた都市ではあまり意味が無いように思われる。 そもそも、打ち水は、江戸(江戸期)では行われていたようだ。 江戸の町は究極のエコ社会。 リサイクルが徹底されゴミは出ない、そして、リユースなどは当たり前の社会であった。 本当に無駄の無い都市であったと聞く。

そんな江戸の、特に町人の住宅事情はそのほどんどが長屋と呼ばれる借家であるが、その造りは「夏に涼をとる」ことが最優先に作られたと聞く(確か、故杉浦日向子氏だったと思うが)。 つまり、風通しが良いことが絶対条件なのだ。 時代劇などが好きな人は良くご存知と思いますが、長屋の造りは、表戸があり、すぐ横の炊事場に窓(?)がある。 そして決まって裏手にも障子戸(雨戸)がある。

話が跳ぶようだが、かつて小学生の高学年くらいで習った思うのだが、日中は地表が温められ上昇気流が発生することで海からの風が吹き、夜は海水温が下がらないために逆に山から風が吹く。 江戸城と寺院仏閣以外高い建物の無い時代だ。 各家の風通しはさぞ良かったに違いない。 ところが、この自然の風は朝方、夕方はあまり吹かない。 海水温と地表温とが均衡するからだ。

そこで、登場するのが打ち水だ。 表に水を撒くことで水が蒸発する気化熱で気温が下がる。 ところが家の裏手の気温は高いままであるから、家の表と裏で気温差が生じる。 この気温差で家の中を通る風が生じるのだ。 しかも、舗装なんかされていないから、土に含まれた水もジワジワと蒸発することにより持続性があろう。 「打ち水」はいわば当時の時勢に合った知恵なのだと思う。 (余談だが、長屋は冬には物凄く寒かったらしい・笑)

その知恵の根源を理解せず、単に水撒き行為だけを現代の東京に持って来てきてエコを気取るのは、単なる自己満足、人間のエゴそのものではないのだろうか。 打ち水イベントをしたところで、涼しくなった空気を室内に取り込むことも無く、またイベント終了後にエアコンの効いた喫茶店やデパートに行く姿などを見るにつけ、残念ながらそう思えてならない。


東京都は「環境確保条例」を改正し、一定規模以上の事業者(企業など)に温室効果ガス総排出量の削減を義務づけていると聞いているが、賃貸している高層ビル側の事業者に排出量の削減義務を負わせても、店子の事業者が規制対象ではないから相当の無理がある。 そもそも、現在の東京は、今や大都市そのものが抱える地球環境に対する構造的な欠陥を有しているのではないかと思っている。 まあ、そもそも人口の集中しすぎが根本的な問題だとも言えますが・・・。

打ち水くらいでヒートアイランドに歯止めがかかろうはずもなく、湾岸にタワービル(高層マンション)が立ち並び海風の力を弱め、都心、副都心などの高層ビル・タワービル群の排出する廃熱(エアコン等)、建物のコンクリート自体の蓄熱・・・これらを熱源とする高温化した空気が都内で上昇気流を発生させる。 本来なら、埼玉、群馬まで吹き抜け、山沿いで雨が降るはずの水蒸気を含んだ海風が、都内で発生した上昇気流と伴に積乱雲を発達させ、局所的な大雨を降らせる。 足立区、葛飾区、江戸川区、墨田区、江東区などにわたって存在する「海抜ゼロメートル地帯(0m以下もあるとか)」。 地下に縦横無尽と言って良いくらい張り巡らされた地下街、地下鉄。 局所的豪雨で対応を誤れば、真っ先に被害に遭う。


都市開発が進めば進むほど、結果として大都市固有の水害などの都市災害の発生に拍車を掛けているような気がする。 つまり、便利に、かつ、暮らしやすくなる程、陰に潜む災害は肥え太り、被災の可能性が高くなっていると言えまいか? これはもはや、天災による被災の大部分については都市開発による人災なのだ。 人間自身が持つエゴによる・・・。

真実は小説より奇なり(マーク・トウェイン)、なのかもしれない。
posted by 少彦梛 at 20:13| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

行政は「玄人」のモノ?

とうとう来週からオリンピックが開催される・・・。 嫌な季節だ。
いや、オリンピックが悪い訳ではない。 TVによるスポーツ観戦は好きな方だ。 ビールを飲みながら・・・(笑)。
嫌なのは、実況中継のアナウンサーの絶叫と職務をまっとうしない解説者、訳の判らない応援団とか称するアイドル(?)俳優達だ。
彼らの声を聞くと、観戦する気も萎えてしまう・・・。
聖火リレーでは「オリンピックは国威発揚の場では無い」と言いながら、競技が開催されると「頑張れニッポン!」では矛盾がないか? と各報道機関(特にTV局)に問いたい。


さて・・・
7月31日、今では「前」の字が付く冬柴国土交通大臣が、橋下大阪府知事の関空と競合する伊丹空港廃止に言及したことに対し、「素人が大胆なことは言わない方がいい。議論を始めれば廃止議論はつぶれる。(要旨)」と批判した件で、橋下府知事が反論したそうだ。 朝日新聞の電子版『橋下知事「行政は素人じゃないと」』によると、「何か行政や政治に光が見えるようにするのは、素人じゃなきゃできない」と語ったとのこと。
8月2日のあるTV局の朝のニュースショーでの橋下氏の言によれば、橋下氏のもとに冬柴前国土交通大臣から「素人発言」に対する電話(釈明?)があったそうだが・・・。

確かに、今までの経緯や前例と「省益を意識した」官僚に振り回されるより、現状を正確に把握し「ゼロ・ベース」から新しい政策展開をする方が現在の国内の経済情勢・財政状況から考えても良いと思うんだけど・・・。 橋下知事の言い分の方が正しい気がする。
ましてや、国交省の振り付けで国会答弁を繰り返した挙句、国会での答弁の誤りを詫び、また、在任期間22ヶ月(給与は23ヶ月分)の内、合計11ヶ月分もの大臣の役職報酬を不祥事で自主返納したようなお人に「素人」呼ばわりされたくないだろうに・・・、橋下知事も(笑)。
ちなみに、冬柴氏の選挙区は、伊丹空港のある伊丹市に隣接する「尼崎市」であることも付け加えて記しておく。


ところで、7月15日付けの朝日新聞の電子版『日航と全日空、関空国際線の減便を検討』の記すように国際線に限らず、JALやANAからは国内線も「関空便」が特に集中的に「減便」「路線廃止」の話が持ち上がっている。 国際線乗り入れも成田に集中し、羽田の4本目の滑走路完成に向け国際線発着枠拡大と恐らく深夜便の発着枠も拡大されるであろうから、中部国際空港との競争もあってますます「関空」そのものの経営は厳しさを増すばかりとなろう。 
その上、2本目の滑走路も約9,000億円をかけ造成し、昨年供用を開始したが、この負担も重くのしかかっている・・・。

国内線も、大阪市などの中心部からのアクセスを考えると伊丹空港の方がずっと利便性が良いことから、関空と伊丹との間での競争がある上、ドル箱路線になり得る「羽田便」は新幹線とも競争していかねばならない。
実際、大阪府庁から霞ヶ関に行くのなら、新幹線なら約3時間半、伊丹空港を使うと4時間弱、関空だと4時間半弱と大きく違ってしまう・・・。 その上、一昨年には神戸空港も開港・・・。 今まで、関空・伊丹を利用していた兵庫県民は神戸空港に流れており、ますます競争が激化。
国交省は '04年に、騒音対策を理由に伊丹は長距離路線になるべく使わず、関空に移行させる方針を決めたが、拘束力はない。 搭乗率の低迷から関空〜新千歳、関空〜那覇の各路線の減便方針が航空会社から伝えられた時、関空会社社長は「伊丹を先に削るのが筋だ」と憤ったらしい。

国内線大手2社としても、関空・伊丹・神戸の3空港に各々駐機させ、各々に整備拠点を持つ必要があるためコスト負担も膨大であろう。 その上、昨今の原油高は航空各社の経営を圧迫し、'08.3月期決算ではリストラで一息ついたJALの社長が「企業存続のためには減便、路線廃止は避けられない(要旨)」と言わしめるくらいだ。 国交省が路線維持を働きかけてはいるが、どうにもならないくらいとか。
関空・伊丹・神戸の3空港の運用・機能分担は、建前論ではなく、航空各社も議論に参加してきちんと棲み分けすることを期待してるのではないだろうか? JALのある幹部は「3空港がバラバラに増便を求めてくる」と苦言を呈し、ANAのある幹部は「都心に近い伊丹だから新幹線と勝負できている。関空ではとうてい無理だ」と苦言を呈していると聞く。 



もともと、関西国際空港(関空)が完成した後、伊丹空港は廃止の予定だったのだが、地元の要望、また、騒音対策も進んだ結果、国内線に限定して存続させることとなったようだが、当時の運輸省が将来の航空旅客需要を賄うのに関西国際空港だけでは足りないとの判断もあったと聞く。 しかしながら、多分に省益主導の決定だったのではないかと思えてくる・・・。 まぁ、所謂バブル経済の時期に決めた存続方針ではあるけれど・・・。

国際線は、米国とEUが「オープンスカイ協定」を結んで便数などを自由化するなど、航空自由化が世界的流れになっている。 安倍前首相が「アジア・ゲートウエー構想」を打ち出した時、日本でも航空自由化を進める方針を示した。 しかし成田、羽田空港は発着枠に余裕はなく、発着枠に余裕のある関西、中部両国際空港については国交省が「互いに開放してほしい空港の取り合いで、一方的に明け渡すと国益を損なう」と反発して、無条件完全自由化ではなく実現のためには『2国間で交渉』することとなり国交省が関与し続けることとなった。 これでは、「オープンスカイ協定」で国内航空各社が海外に打って出る機会を無くし、また両空港ともハブ空港として、上海、台湾、それから韓国などの国際空港とも競争力を失うのではないかと危惧している。 杞憂で終わればいいのでだが・・・。
行政の「玄人」達としてはどう考えているのか、その辺りは少しも見えてこない。 来年度開港なのに就航路線も決まらない、額賀氏の地元選挙区の茨城空港(現、航空自衛隊百里基地)に「空港整備特別会計」を浪費してる場合ではなく、国際競争力をつけるためにこそ特別会計を投資すべきと思うのだが・・・。
  

余談ではあるが、関空の人工島そのものも現在も不等沈下が続いている。 開港から累計で16mも沈下した地点もあると聞く。 空港施設などは建物そのものをジャッキアップして水平を保っている。 ただ、滑走路はそうはいかず、今後も絶え間なく補修工事を続けなければいけない・・・。 安全のためとはいえ、今後の維持コストもバカにならないのではないのか・・・。 
posted by 少彦梛 at 13:25| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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