2008年10月25日

腰抜武士の後思案

腰抜武士の後思案(こしぬけぶしのあとしあん)。 臆病な武士(腰抜武士)はイザというときに役に立たず、事後に無益な思案をめぐらすことを表わす、ことわざ。

先日、当ブログの「労働者としては扱われないのか?」で昨今の医療崩壊について思うところを書いた。 その中で「大都市以外の地方都市」では人材不足・医師不足で、過酷な労働条件を強いられてる、とも書いた。 ところが、時事通信社の電子版「24歳看護師の過労死認定」によると、昨年、東京都済生会中央病院において、看護師が宿直明けに意識不明になり過労死したと報じられた。 記事によると、その看護師さんは当時24歳で、担当する手術室はもともと26人態勢だったのが同僚の退職等で18人になり、新人の補充後も人員不足の状態は続いたらしい。 その看護師さんは4月から5月にかけ「25時間拘束」の宿直勤務を8回こなしたほか、土日に働くこともあり、残業は月約100時間だったそうだ。 一般のホワイトカラーの会社員でも月100時間の残業はかなりキツイが、医療現場、しかも人の生死に直結する手術の現場で、かつ、仕事に不慣れな新人の教育もこなしていたのだろうから相当の肉体的精神的ストレスが掛かっていたのだろう。 医療従事者でない私でも、過酷な状況の想像はつく。

しかし、大都市東京の、それも著名な「北里柴三郎先生」が初代院長を勤めたことでも名の通った、東京都済生会中央病院ですら『人員・人材不足』が起こっている。 驚愕的な報道だ。 医師、看護師の人員・人材不足はすでに大都市東京の医療現場すら蝕んでいる・・・。 都内に住む人はその事実を知っているんだろうか?

そして、もうひとつの事件。 脳内出血を起こした妊婦さんが、かかりつけだった産科院が必死に探したにも係わらず、対応できる転送先の病院が1時間近く見つからず、結果として妊婦さんが亡くなるという痛ましい事件が発覚した。 結局、「総合周産期母子医療センター」で「東京ER(総合救急診療科)」にも指定されている『東京都立墨東病院』に受入れられ、帝王切開による出産と、そして妊婦さんの脳内出血の手術が行われた。 しかしながら、残念なことにその3日後、お母さんの方は亡くなったという。 ご遺族の方はもちろんのこと、かかりつけの産科医さんも「もっと早く頭部の処置ができればお母さんの命も救えたのではないか」という想いはお強いだろう。 担当の産科医さんは自責の念にかられているかもしれない。 受入れた都立墨東病院は、昨年末に産科常勤医1名、今年6月に研修医1名が退職したため、7月から土日と祝日のセンター当直医を本来の2人から1人に減らし、週末の受入れ態勢が整っていなかったそうだ。 「リスクの高い妊娠に対する医療、及び、高度な新生児医療等の周産期医療を行うことができる医療施設」であるはずの、しかも人材を集めやすいと思える「東京」の、総合周産期母子医療センターですらこのような状況・・・。 日本の産科医不足は相当深刻なことは間違いない。

詳しいデータがある訳ではないが、医師については、産科医、小児科医、麻酔医、外科医の順で不足しているらしい。 どの診療科も、特に命に係わる緊急時には無くてはならない医師達ではないだろうか? とはいえ、一人の医師を育てるには相当な時間がかかる。 ブルーカラー・ワーカーとは異なり、人が足りないからと募集広告を打てばすぐ集まるといった類のものではない。 日本全体の「医師」というリソース、特に先にあげた4つの科の専門医数には限りがある。 殊更、救急医療においては、このリソースを効率的に、そして効果的に活用する施策を早急に打つ必要があると言えそうだ。 もちろん、医師も人間であるから無理はさせられない。 恐らく、そのためには、リソース管理といった仕組み(システム)作りやカルテの電子化とネットワーク(データ流通)構築等が必要であり、相当のコスト負担が求められる。 千、二千億円では利かない。 場合によっては都内だけでも1兆円超えということも・・・。 ただ、これは、小泉純一郎氏が、厚生大臣時に「医師削減」を閣議提出・決定し、その後、彼が総理大臣の時に医療に関する制度を大幅に変えたことに連なる失政のツケなのだ。 投票という間接的な行動であっても、そういう政権を選択してきた国民がそのツケを払うしかない。 失政のツケは結局税金という形で国民が負担せざろう得ない。 国会議員も官僚も払ってはくれない。 むろん、ツケをお金をかけずに済ますこともできる。 救急医療を切り捨てるという選択肢だ。 その時は、自分の命でその代償を払う場合があることを覚悟せねばならない。 放っておけば、救急医療の状況は今より確実に悪くなる・・・。


閑話休題

一般医療にしろ、救急医療にしろ、医療の現場への対策は焦眉の急の事態にあるのに、今回の妊婦さんが脳内出血でお亡くなりになった事件については「いい加減にしろよ」と思うことが2つある。

まずはマスコミの報道だ。 今回も、奈良県で破水した妊婦さんが17件(だったかな)の病院が受入れなくて亡くなった事件があった時と同じく、センセーショナルに書きたて、事の本質を深く掘り下げた取材をした報道をせず、「また悲劇」などと書きたて悪者探しに終始し、騒ぎ立ててるだけだ。 以前、福島県立大野病院の産科で帝王切開手術を受けた産婦が死亡したことについて、執刀医が逮捕されたことをセンセーショナルに書きたて、それが産科医を目指す医学生の減少といった結果に繋がった、と言われている。 報道が産科医減少といった事態に向かう片棒を担いだという反省はないのだろうか。 今回の報道で、また医師の産科医離れが加速するのではないかと懸念している。 書くなとは言わない。 ただ、重箱の隅をつつくようなことを報道の自由と言うのはいい加減に止めにして、現実を丹念に調べあげる義務と責任を果たした上で、報道の自由を闊歩していただきたい。 特に、大手新聞社やTV局には心すべきだろう。

例えば、ある番組で「産科医1人でも、ERなんだから患者は受入れるべき」という意味合いの発言もあったようだ。 しかし、今回の脳内出血の妊婦さんの処置の場合、ICUとNICUを確保した上で、必要な医師が
 脳外科医:2人
 産婦人科医:2人
 新生児科医:1〜2人
 麻酔科医:1人以上
であったろうと言う方もいらっしゃいます。 この人員が正しいかはともかく、きちんと取材していれば番組内で「産科医1人でも・・・」といったいい加減な発言はあり得ない。 こういう輩は、恐らく、産科医が1人なのに患者を受入れ、患者がもし亡くなれば「なんで受入れたのか」と責める側に廻るのだろう。 残念ながら、今のところ、きちんと取材したと思われる真っ当な報道には接してない。 単に耳目を集めるからといった理由で情報をタレ流すだけでなく、きちんと検証もしてもらわねば、戦争に突っ走る片棒を担いだ報道のニノマエだろう。 
 

もうひとつは、舛添厚生労働大臣と石原東京都知事のクダラヌ論戦だ。

舛添厚労働大臣が記者会見で「周産期医療問題の解決に力を入れてきたのに、このようなことが起きたのは羊頭狗肉だ」とか「医療体制が整備されているはずの東京都でこのような事態が起きたのに、妊婦の死亡から2週間以上も厚労省に報告があがってこないのはどういうことか。とても都には任せられない」と批判したと思えば、(そもそも報告義務なんてあるの?)
石原知事は「東京に任せてられないんじゃない。国に任せていられないんだよ。厚労省の医療行政が間違ってきて、お医者さんがこういう体たらくになった。(中略)こういう事態つくったの国じゃないですか。国に任せていられないんだよ。誰がやったんですか?国に任してたからこういうことになっちゃったんだよ。反省してもらいたいのは厚労省で、今担当のその大臣様だね。物言うならもう少し冷静に頭冷やして物言った方がいいと私は思いますけども」。

まあ、どちらも呆れてモノが言えません。 まるでガキの喧嘩のようだ。 今回の都立墨東病院の件については、厚労省も都も、両者ともイザという場合の備えに全く役にたたず、事後に無益な言い争いをしている・・・。 まさしく、タイトルにした「腰抜武士の後思案」そのものだろう。 石原知事にいたっては、今回妊婦が脳内出血を起こしたことを「レアケース」とまで言い切ってる。 ホントにレアケースなのか? 確か、昨年8月にも妊婦が出産時に脳内出血で亡くなったというニュースがあったはずだ。 その時も20近い病院に受入れを断られていたと記憶している。 症例は少ないかもしれないが、特殊な例(レアケース)と、少なくとも専門外の石原知事が言うことではなかろう。 少し話が逸れたが、お二方とも今回の件の責任者であることを自覚されてるのでしょうか。 また、国民、あるいは都民の命を預かる立場にあるのだから、お互い責任の擦り合いのようなことを言ってる場合じゃないことぐらい分からないんですかね。


最後になりましたが、今回取り上げさせていただきました、お亡くなりになった看護師さん、妊婦さんには、ご冥福をお祈り申し上げます。
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posted by 少彦梛 at 04:42| Comment(4) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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