2009年06月11日

報道記者も「上から目線」?

ピアニストの辻井伸行氏が、米国のバン・クライバーン財団のピアノコンクールで優勝した。 日本人ピアニストとしても初めて快挙だ。 同じ日本に生を受けた国民のひとりとして、また、学生時代から音楽活動をしていた者として、心からお祝いを申し上げます。

オメデトウゴザイマス\(^o^)/

 
ただ、今回の「ピアノコンクールで優勝」報道で辻井氏のCDに人気が集まり、が店頭から一気に消え、ネットショップでも発注数のトップにランクインしていると聞く。 辻井氏が注目をあび、彼が音楽で身を立てていけるのなら喜ばしいことだ。 ただ・・・、映画「おくりびと」や短編アニメ「つみきのいえ」がアカデミー賞を受賞した途端、国民的話題になったから上映映画や発売DVDに多くの国民が飛びついたように一過性にならなければ良いなと願うばかりである。


ところで、今回の受賞報道で、辻井氏が全盲という障害を持つピアニストであるということは既に全国民的に知られることとなったわけだが、私自身は、過去のニュースショーの特集などで取り上げられていたのでそのことは知っていた。 しかし、私の中学・高校時代の演奏(楽器はナイショ・苦笑)の師匠も身体に障害をもっている方だったので、ニュースショーを観た当時も「視力障害があるピアノ弾き」として取り上げられたことに、『障害があることにスポットを当てて、浪花節的報道してそれがなんなの?』とTV局番組作りには不快に思ったものだ・・・。


そんな中、読売新聞の電子版『人一倍努力「乗り越えられない障害ない」』の報道。 この記事を読むと、記者の障害者を見る目が健常者からの「上から目線」に見て取れ、とても嫌な感じがした。 まるで麻生総理の同類?(苦笑)。

記事中の「才能に恵まれ、苦労とは無縁だった」とは、ある意味、辻井氏への冒涜ではないか? 確かに、辻井氏ご本人が「今までつらいと思ったことはなく、楽しくピアノを弾いてきた」という会見で発言はあった。 とはいえ、恐らくは健常者には想像もできない、視覚障害があるからこその苦労や懸命な努力があったのではないか? そういうことをきちんと取材をせず、「音への鋭敏な感覚、抜群の記憶力とテクニック・・・」という、あたかも元からの才能に恵まれた結果だとこの記事は言っているように聞こえる。

また、これは読売新聞の記者が質問したのではないのだろうが・・・。 「一日だけ目が見えるとしたら何を見たい?」という質問も如何なものだろう? なぜ「一日だけ」なのか? 質問者の品性が疑われる。 この質問者の心の奥底に、「目が見えない」ことに対する一種の「差別意識」が隠れているように思えてならない・・・。


心身に障害を持つ方に対する目。 「心の壁」=「乗り越えられない障害」を持つのは、むしろ健常者の方なのではないだろうか?

かくいう私も、その「心の壁」が全く無いとは言い切れない・・・(汗)。 心の奥にはやっぱり少なからず「心の壁」があるだろう。 「乗り越える必要のある障害」だ。 私自身も、その壁を少しでも崩して低くし、また、できるだけ取り去りたいと思うが、この障害は乗り越えるのはなかなか困難だ。 しかし、そう心がけていきたいと思う。 今回の読売新聞は、ある意味「反面教師」な記事だった・・・。 
posted by 少彦梛 at 22:31| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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