2009年09月21日

ショーガイシャっていう人種があるわけじゃない

朝日新聞の電子版によると、長妻昭厚生労働大臣が障害者自立支援法について「廃止をしていく」と述べ、同法の廃止を明言した。 しかしながら、「どういう制度にするのかということも今後、詰めていく」と述べ、まずは廃止後の仕組みづくりが整った段階で廃止に踏み切る方針だという。

新たな制度は、現在の連立政権の3党合意では「利用者の支払い能力に応じた『応能負担』を基本」とするということだ。 まあ、現在の自立支援法のように、介助など受けるサービス利用量に応じて原則1割の『応益負担』よりなんぼかマシだ。 そもそも一般生活において自立そのものが困難な障害を持つ方にまで一律に負担を求めるのは、「生存権」つまり生きる権利を剥奪しようというものだろう。 しかも、今の障害者自立支援法は、本人が自立できるようにするための法律ではなく、障害を持つ方の親兄弟といった家族や親族、はてはその保護施設にまで負担だけを押し付ける制度だ。

’08年5月10日の毎日新聞の東京版の夕刊には、『千葉の施設長「お金か子供か、究極の選択」』といった記事もあった。 現在、介護の現場の悲惨さなどは割りと大きく報道などでも取り上げられているが、重度の障害を持つ方とそのご家族の惨状は現在はほとんど報じられていないのではないか?

逆に、現在の障害者自立支援法は、就職してそれなりに収入がある、つまり既にある程度自立して生活ができている障害者にとっては、本法施行前と比較すれば恐らく大きな負担減となってるのだろう。 実際、個人的に知っている両足に障害を持つある方は、これまで自力で通勤していたが、本法施行以降、介護タクシーで通勤している。 相当な負担軽減である。 もちろん、この法によって障害のある方にかかる体の負担が軽減されることは良いことだと思う。 しかし、現在の自立支援法では、一方では生死に関わるほど困窮している反面、もう一方ではそれなりに自立できている方にはかなり大きな恩恵があるという事実は不公正というものだろう。(公平を問うているのではない) もちろん、この不公正感は恩恵を受ける当人が悪いのでは無く、法そのものに問題があるからだが・・・。


読売新聞の電子版によると、「後期高齢者医療制度は廃止」については長妻厚労大臣が就任直後に言明した。 しかし、個人的には、今の障害者自立支援法の改正こそまずすべきではないか。 しかも、民主党はかつて「障害者福祉利用1割負担廃止」の障害者自立支援法改正法案を国会に提出している。 衆議院のホームページによると、168回臨時国会で何故かこの改正案が「撤回」されているのだが・・・。


敬老の日にこのような主張をするのは気が引ける(汗)のだけど、大きな制度改正やシステムの変更を伴う後期高齢者医療制度の廃止の前に、まずは次期国会で「障害者福祉利用1割負担廃止」の法改正をしていただきたいと願うものである。


<余談>
ところで、今回のタイトルは、泉 流星 氏の著書「僕の妻はエイリアン」の文中の言葉だ。 著者には無断であるが(大汗)その一節を転載する。

「あのね、世の中にはいろんな障害を持った人がいるけど、ショーガイシャっていう人種があるわけじゃないの! わかるでしょ?」

障害のある人、障害者。僕にとってはどっちでも大差ないように思えるんだけど。

「障害者っていうのは、重い障害を持っている人を区別して呼ぶために法律や行政なんかが使う言葉だけど、実際にはそういう人種なんていないんだよ! 障害のある人とない人の間に、何かはっきりした境界線があるわけでもない。(以下略)」 

詳細は、本を購入して読んでくださいね(笑)。 本書の論評はいたしませんので・・・。


’08年5月10日の毎日新聞の東京版の夕刊
posted by 少彦梛 at 19:46| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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