2008年11月07日

橋下大阪府知事の発言から教育を考える

何故、今回このタイトルで記事を書こうと思ったかというと、10日程前、大阪府が「教育問題討論会」を開催した際のTVニュースで観た時、討論の中で橋下知事が声を荒げた時「今日もキレましたね」とのプラカードが客席から揚がり、思わず笑ってしまったからだ(苦笑)。 なのでいつか取り上げようと思っていたのだ。 まあ、傍から見てると橋下知事キレ易いという印象はある(笑)。 しかし、討論会で橋下知事が保護者に向けて意見を聞くための発言をしてるのに、教育者側(?)の野次の酷さには更にウンザリだ。 討論会の様子については、産経新聞の電子版「教育問題討論会で渦巻く怒号、やじ」などを参照してください。


ところで、日本人は「討論」がヘタだ。 恐らく「討論する」という訓練を受けてこなかったためと思われる。 その代わりにというか、「議論」ズキだ(苦笑)。 では、「討論」と「議論」の違いは何か? Web辞書をひくと、
【討論】 ある問題について、互いに意見を述べ合うこと。ディスカッション。
【議論】 それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。
同じような感じだが、私の認識では、「討論する」のは互いに意見をぶつけ合い意見の溝を埋めるために行うものであり、「議論する」のは互いの考えを述べて何らかの結論を導こう、または自分の意見を納得させようとするものである。 もちろん、溝が埋まらないこともあれば結論がでないこともあるのですが・・・。

私としては、子供さんをお持ちの皆様方には、是非、いろいろな世の中の課題・話題を取り上げ、家族で話し合う機会を作ることをお勧めしたいと思います。 月1回でもいいんです。 お子さん達が物事をどのように捉え、考え、表現するか知る機会にもなりますし、わざと反対の意見を与えてみるなどのサジェスチョンを行えば、より物事を深く考える訓練にもなると思いますから。 ただし、議論で親の考えと同じに持って行こうととしたり、頭ごなしに否定してはいけませんよ。 私みたいにヒネクレ者になちゃいますから(爆)。

ちなみに、先日の大阪での教育問題討論会でも、討論を目的とするのではなく、ただ単に知事への「抗議」「批判」のために参加した人も多そうだ。 「中山前国交相の日教組批判に対する知事発言の撤回を求める」などの要求は、討論会に無為な時間を浪費させるだけだ。 抗議活動は別の機会に知事にすべきだろう。 真っ当な論議をしたい教育者、保護者、行政からすると迷惑なだけで、特に被害を受けたのは教育を受ける子供を抱える保護者だろう。 先の産経新聞の電子版でも、『発言中はヤジが多く、たまりかねた橋下知事は「まず人の話を聞きなさい。いい大人なんだから」「こういう先生に子供たちを任せておくことはできない。中山前国交相の発言こそ正しいじゃないですか」と持論を述べると、知事の発言を支持する他の参加者たちから大きな拍手がわいた。』とあり、それが証明していると思う。(私自身は中山前国交相の日教組発言は、一概に正しいとは思いませんが)


2つめに・・・、橋下知事の「国旗、国歌意識して」発言。

これも産経新聞の電子版「橋下知事が高校生に呼びかけ」によると、「僕ら(橋下氏)の世代は日の丸、君が代をまったく教えられていない。 僕らの世代は最悪の教育を受けてきた。 社会を意識するためには国旗や国歌を意識しなければならない。 教育として本質的な部分だ。(要旨)」と発言したとのこと。 うーん・・・、確かに今は「国旗国歌法」で、日章旗(日の丸)を国旗に、君が代を国歌にと定められてるが、「社会を意識するためには国旗や国歌を意識しなければならない。」というのは論理が飛躍してると思いますが・・・。 橋下知事が青少年の頃どのような教育を受けたかしりませんが。 「日の丸、君が代を教える」ていうのはどういう意味なんでしょう。 他方「日の丸、君が代は戦前の軍国主義に・・・」とか、これまた私には理解不能なことを論じる方もいますけど。 どちらも間違い、ではないですか? 私は橋下氏よりちょっと年上ですが、同じ校下であったなら少なくとも小学校は一緒の学び舎の下で勉強したことになりますが、「最悪の教育を受けた」とは思いませんけど。 ただ、入学・卒業、始業・終業の各式、運動会などの時は、日の丸掲揚、君が代斉唱はありましたよ。 小・中・高と公立学校でしたが。 小学校の時は小4くらいからは道徳の授業も週1ありましたっけ。 都道府県毎に方針が違うのでしょうがね。

国旗国歌なんぞを強調する前に、子供達に自分の住んでる街や市町村や都道府県がどんな処か、どんなに良い処なのか、特に人物や自然地理などを小学生くらいから教えて、自分の住む街、村に誇りを持てるようにすることを最初にすべき事ではないかと思う。 むろん、治していかねばならない悪い処もあること併せて教える必要もありますが・・・。 その土壌があってこそ初めて「社会を意識する心」が芽生えるのではないでしょうか。 そして、社会を意識する心が育った上で漸く国旗国歌の出番なのです。 『我が国の国旗国歌は日の丸、君が代です。我々はこれを尊重せねばなりません。 そして、同じように他の国の国旗国歌も尊重せねばなりません。』 それが順序というものではないでしょうか。 ただ、「社会を意識するために国旗や国歌を意識せよ」と訓示したところで、オリンピックやワールドカップなどで暴徒と化すときの道具にしか映りませんよ、若い彼らには(たぶん)。


3つめに、橋下知事が高校生と意見交換した時のことを。

これは確かフジテレビのニュース番組で観たと思うのですが、『女子高校生を泣かせた』と見出しにしたタブロイド紙もあったような・・・。 大阪府の私学助成予算を約28億円の削減(H19年度歳出約600億円)に対し、高校生のグループが私学助成予算削減を止めてもらうよう陳情に大阪府へやって来た。 これに、橋下知事は「子供達の戯言みたいにならないよう反論していくので、きょうは議論したい(要旨)」と初っ端から打った。 子供扱いしないのは良いこととも思うが、理由は「すでに義務教育を終えたので大人として扱う(主旨)」という。 つい、『じゃあ、16歳以上には府知事、府議の選挙権を認めてやれよ』と、心の中で毒づいてしまった(笑)。 都合のいい時には大人扱いかよ。 ところで、フジテレビのニュースではコメンテータ(?)が、「日本国憲法89条で、公金は公の支配に属さない教育に支出ししてはならない、ということをちゃんと話した方が良かった(要旨)」と言っていたのは、そのとおりだ。 税金を納め、子供もいない私などは、『私立学校振興助成法』は「憲法違反」だと裁判に提訴えてもいいくらいなのだ(←身勝手・苦笑)。 助成してもらえるだけ有り難いと思え・・・と言いたいところだが、ここは自重(苦笑)。

まあ、年端も行かない子供相手に議論を吹きかける橋下知事も大人気ないが、ある女生徒が泣いてる子に「勉強せなあかん。負けてたらあかんで。悔しいからな、勉強していろんなこと知らなきゃあかん」と言っていたのが、せめてもの救いであり、彼らにとって無駄な時間ではなかったと思いたい。

ちなみに、大阪府のHPによると、高校生に限れば、私学助成は、学校側への助成は一人あたり293,560円 → 265,612円(▲27,948円)、各世帯への授業料軽減助成費は据え置きだ。 来年度、再来年度も減額されると想定されるが、高校生ならそのくらいは夏休み中のバイトなどで工面しろよ・・・と思うのだが・・・。 逆に、学校法人側が私学助成費減を隠れ蓑にし、助成金減額以上の授業料増にならぬよう父兄は監視すべきだろう。

閑話休題

ところで、3つ目の本論は別のところにある。 今回の意見交換に出席した子供らが私学に進んだ理由が、
「公立に入ったとしても、勉強についていけるかどうかわからないと言われて」とか、
「『そこ(私立)にしか行けない』って言われたんです」とか・・・。 これは教師による生徒への『恫喝』ですよ。 オカシイと思いませんか? どこの高校を受験しようが学生側の自由のはず。 しかも、今もそうかは知りませんが、入試の点数だけではなく「中学教師の書く内申書」も合否を左右するんでしょ。 中学教師は合格率が悪ければ叩かれますから、学生を成績と内申書で脅し、中学校自体が学生から受験の自由を奪っているのではないでしょうか? であれば、知事が学生にいくら「自らの努力が足りない。自己責任」といっても画龍点睛を欠きます。 自由が極端に制限されているのに責任だけを説くのは筋違いでしょう。 また、公立高校の一斉入試にも問題がある。 競争だから負けることもあるのは仕方がないが、敗者復活の機会が与えられないのでは真の公平とは言えない。 現在の公立大学のように学校毎にABと入試日を分けなくとも、2次募集などの機会と枠を広げるべきではないだろうか。 自己責任を説くなら、府立高校間にも、学生の選択の自由と能力に応じた機会の確保を保証すべきだろう。

併せて、中学を卒業するに値しない学力しか有しない者は卒業させるべきではないのではいか。 中学までの義務教育は社会に出るための必要最小限の学力・知識を身に付けるためにあるのだろう。 少なくとも中1レベル(私個人の思いなので30年近く前の中1です・苦笑)の知識が付いて無い生徒は、卒業させるべきではないだろう。 評論家の三宅久之氏がある番組でおっしゃてましたが、「子供が知識を習得することは苦痛ではない。義務教育の段階では強制力を伴ってもちっともおかしくない。何年までには漢字はこれだけ覚えなさい。九九はともかく憶えなさい。頭が良いとか悪いとかでなくて、それをやってなかったら社会に出て困るでしょう。そういうことについては教えなければいけません。(要旨)」。 そのとおりだと思います。 あるレベルの知識を習得していない子供を社会に、または高校に出してはいけないと思います。 もちろん、憲法で定められた「教育を受けさせる義務」が親にはあるのだから、当然16歳以上の卒業できない子の保護者からは授業料を徴収は必要でしょう。 少なくとも成年(18歳とするか20歳とするかは議論が必要ですが)になるまでは。

蛇足だが、「教育問題討論会で渦巻く怒号、やじ」の記事に、ある教員団体関係者が「(全国学力テストの)結果公表でランク付けが進めば、子供たちへの悪影響は計り知れない。」と発言しているが、学生達の高校入試に向けて、高校毎にランク付けをし学生を振り分け、学生達の生涯に悪影響を及ぼしている君たちがそれを言うのは、矛盾以外のなにものでもないことを銘記すべきだ。


また、学生さん側にも一言。 学力の不足する子もいるでしょう。 中にはイジメによる不登校、病気などにより小中学校にあまり通えなかった子、皆さんそれぞれに事情はおありだと思います。 でも、同級生の皆と同じ歩調で人生を歩まなければいけない理由はありません。 さすがに、今は夜学の高校は少なく、社会環境的に夜学に通うのは難しいでしょう。 しかし、お金が無いなら無いなりに、病気などの理由なりに、学力向上(高卒、大卒の資格取得)をしたいならいくらでも手段があります。 働きながら通信学校で高校を卒業することも可能です。 中学浪人覚悟で公立を受けても良いではないですか? その苦労は必ず将来倍以上になって報われます。 目的もなく高校に行くより、1年遠回りしても行きたい学校に行けばいいじゃないですか。 それが嫌で、ただ然したる目的も無く皆と同じでありたいのなら、社会環境の変化で負担が重くなったといって不平不満を言うべきではありません。 「皆と同じ高校生でありたい」ということだけが目的なのだから。

私の友人にも中浪したヤツ、居ますよ。 高校に入れなくて、一浪して稼いで高校に入ったやつが。 その後、彼は希望大学に進学し、今は希望していた私立高校で教師をしてます。 今1年間遠回りしても、20代、30代になるころには全然関係ありません。 そして、バブル経済が破裂し、家庭の事情で学校を中退せざろう得なくなった連中も沢山見てきました。 中には死んだヤツもいます。 私学助成削減や橋下氏にちょっとやりこめらた位で、泣いたり絶望したりしてたら、この先の世の中渡っていけませんぜ。 自分の将来のレールは自分で敷いていかなきゃ、誰も他人のレールは敷いてくれないのだから。
ところで、また悲しいニュースが。 先月、脳内出血で妊婦さんが亡くなったニュースがあったばかりですが、その11日前に多摩地区でも同じような事件があり、脳内出血で重体となってる妊婦さんがいらっしゃると・・・。 おい!石原慎太郎! 先日の墨東の件はレアケースじゃなかったのか!! ちゃんと説明せい! じゃなきゃ、ちゃんと頭を下げてお詫び会見なり、自分の不徳を詫びなさい!!!!
posted by 少彦梛 at 00:00| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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