2008年12月07日

67年前の太平洋戦争前夜

1941年12月7日(日本時間8日)、67年前の、今から数時間後に旧日本軍は真珠湾への攻撃を開始する。 後世「太平洋戦争」と呼ばれる戦争の始まりである。 盧溝橋事件が起きた年の1月に父が生まれた私としては、所謂第2次世界大戦が史実として日本としての真相がどうであったかは分からない。 大正期に生まれた母方の祖父は、当時の大戦に徴兵されて「工兵」として従軍したことは聞いたことがあるが、敗戦国の兵士として家族に、そして、私に当時の戦争についてほとんど語ったことは無かった。 酔って「同期の櫻」を呟くように歌っていた記憶が僅かにあるだけである。 日中戦争はともかく、当時の「軍国主義」政府に「どのような勝算があって太平洋戦争に突入した」のかおおいに疑問が残る。

さて、時事通信社の電子版『田母神論文「日中にマイナス」』によると、田母神俊雄前航空幕僚長が某グループ企業の「真の近現代史観」懸賞論文に応募した「日本は侵略国家であったのか」について、「政府主導で2006年末にスタートした『日中歴史研究者フォーラム』の中国側座長の歩氏が『田母神発言は(日中関係に)マイナスの影響を及ぼす』と批判した」という。

それはその通りだと思う。 政府内とか議会とか、国内に留めて議論するのならばそれはそれで良いとは思う。 その点を論議するのはけして悪いことではないだろう。 「史実」がどうだったのかということを研究することも大切だし、事実をもって間違いや過ちを反省するからこそ、次の正しい道を模索することができると信ずるからである。 しかし、外に向けて、しかも確たる史実の裏づけも無く当時の日本の行動(戦争)を「良い(しかたがない)行いだった」というのは如何なものだろう。 主張すべきことは主張すべきだが、それには正当な根拠が必要だろう。

所謂「田母神論文」は、私も何度か読み返したがあまり賛同できない。 論文(私個人としては論文というレベルにも達していないと思うが)としては、言い方は悪いが『盗人にも5分の魂』の内容に思える。 確かに頷けるところも弱冠ある。

日本は「侵略国家」だったのかと聞かれれば、私は「侵略国家であったが、全ての行動が侵略だったとは言えない」と答えるだろう。 日本は「悪い国」だったのかと問われれば、「当時の日本は良い国とは言えないと思うが、けして悪いことばかりしただけでは無い」と答えるだろう。 「当時の日本は良い国ではなかった」と思うのは何故か。 それは、軍国主義の国であったと思うからだ。 将軍様の治める現在の北の国と同じく、当時の日本も「先軍政治」だったのではないかと思うからだ。  

例えば、「田母神論文」の最初のほうにある『我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである』ことは事実であろう。 それにより、「通州(つうしゅう)事件」のように、中国人部隊が日本軍留守部隊を襲い、婦女子を含む日本人居留民(朝鮮出身者含む)約230名が虐殺されたこともまた事実であるし、これにより、日本の対中感情が悪化したのも事実だろう。

また、『満州帝國は、成立当初の1932年1月には3千万人の人口であったが、毎年100万人以上も人口が増え続け、1945年の終戦時には5千万人に増加していたのである。満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。』とあるが、人口増加の主たる民族が日本人(日本から満州に渡った人)であるならば、それは「戦い無き侵略」とも言えるであろう。 当時の日本国民に、中国人や朝鮮人を見下したような意識(差別意識)があったのではないかと思う。

しかし、『もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。』という行には頷けないでは無いが、「侵略地」と「植民地」の違いを明確に論じる点が欠けていては素直に肯定する訳にはいかないであろう。

ただ歴史的に見て、所謂『南京大虐殺』といわれるうようなものが本当にあったのか、と聞かれれば疑問を感じざろう得ない。 やはり史実はきちんと検証し、先の戦争を可能な限り総括することは大切なことだ。 南京大虐殺では30万人が虐殺されたと喧伝されてるが、例えば「南京は当時人口20万人しかいなかった」とか、「6ヶ月間で30万人もの人を殺すことは物理的に不可能」という意見などがある。 虐殺がまったく無かったとは言わないが、真実がどうだったのかを追求することは日本が先の戦争を「反省」するためにも大切なことだと思うのだ。

併せて、当時の日本が何故、国力では対抗しえない米国に戦争を仕掛けたのかも検証し、日本の国民を総玉砕の一歩手前まで追いやった原因を追究すべきだろう。 もっとも、敗戦と同時に沢山の文書が焼かれ(焼いたのは日本軍であったり、戦勝国、GHQであったり)たため、事実を裏付けるのは困難を極めるのも現実なのだが・・・。

それでも、正しい歴史の理解とそれに基づく反省無くして、新しい、平和な世界は築けないであろう。


まあ、私などよりよほど説得性を持つ評論家はあまたいらっしゃるので、今回の「田母神論文」の件は江川紹子氏のホームページ、「田母神発言・その単純明快さが危ない」「歴史と愛国心について考える〜田母神氏の記者会見に行って」を紹介したいと思う。

また、最近は「田母神論文」を契機に自衛隊の存在などについても議論が再燃しているようだ。 しかし、防衛省の所謂背広組による制服組の「文民統制」という論はオカシナ話だ。 日本の憲法では、9条で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」のだから、日本には軍人は存在しない。 つまり文民しかいないはずだが、66条では「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」とシビリアン・コントロールを謳っている。 憲法そのものが自己矛盾を抱えているのだ。

グローバル・スタンダードでいえば、日本の防衛省の背広組である官僚も軍人にあたるのだ。 本来なら文民、つまり、政治家・国民から選挙で選ばれた行政執行官に背広組が軍事的見地から意見を言い、出動するかどうかを判断するのが文民・政治家であるはずだ。 それによって軍部・防衛省をコントロールするのが「シビリアン・コントロール」というものだろう。 防衛省の背広組を文民と見ることは異様なのだと思う。

それでも、田母神氏の発言が、日本人が「日本の安全保障」のあり方を再考する、議論を活性化することに一石を投じたのであれば、それはそれで良い事ではないか。

例えば、日米安保で日本は守られていると信じる人がいると思うが、実際には、米国が日本と運命を共にすることはありえない。 具体的には、尖閣諸島の領土問題で日中両軍が対峙した(睨み合いになった)と仮定しよう。 中国が「日本に味方すればワシントンDCにICBMを打ち込むぞ」と米国に言った場合、米国が日本を擁護するかどうかは考えればわかるだろう。 とすれば、「自分達(日本)は安全である」と思い込み、思考を停止し、安穏と暮らすのは危険だ。 自衛隊の存在も含め、真面目に「日本の安全保障」を考えるべきではないか。

もちろん、戦争になることは、外交努力など平和的手段をもって全力で回避しなければならない。 戦火で真っ先に犠牲になるのは、大概は婦女子など弱い立場の人民であり、戦争とは、勝っても負けても不幸な結果しか残らないと思うからだ。

それでも、例えば東京の湾岸が「ムンバイ」と同じ様な状況(テロ行為)に陥るかもしれないことや、その時に日本はどう行動する必要があるかくらいは、常に考えておかねばいけないのではないか・・・。 現在の警察力で対抗できるのか、また、即刻治安出動(自衛隊出動)をし制圧させるのか。 そして、それを考えねばならないのは我々国民である。 有事の際にそれを実行する文民、つまり軍隊をコントロールするに相応しい政治家を選び出すのはまさに我々国民なのだから。

神戸・淡路の大震災の時のように大惨事に直面しても、すぐに自衛隊への災害出動の要請や出動命令ができないような首長(当時の貝原知事)や首相(当時の村山首相)のようなトップでは困るのだ。


※12/8 10:50加筆修正致しました。
posted by 少彦梛 at 22:40| Comment(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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