2008年09月13日

仏作って・・・魂入るか

読売新聞の電子版、『殺処分を半減へ』によると、環境省が「飼い主が飼えなくなって行政が引取った犬猫の殺処分を9年間かけて半減するため、来年度から '17年までに90ヶ所の施設整備に予算をつける」そうだ。 今までも自治体へワクチン接種代などの補助をしてきたそうだが「抜本対策にはハード面の整備が欠かせないと判断」したそうだ。

施策としては支持するが、心配なのが「環境省がどこまで本気なのか」だ。 これまでも行政の「ハコモノを造ってヨシとする例」は沢山ある。 今回の収容施設整備、所謂ハコモノ建設もその一例に加わるだけにならないように願いたいものだ。 実際、殺処分を半減するためには新しい飼い主が見つかるまで、棄てられた犬猫を税金で養っていかねばならない。 問題はこの負担をどこに求めるかだ。 先月、当ブログでも「ペットたちの安寧の時代は来るか」の記事で取り上げたが、ニンゲンの身勝手な都合で遺棄され犠牲になるペットは後を絶たない。 その上、犬猫を商売道具としか見ていない輩も多い・・・。 そんな無責任な輩の尻拭いのために税金を投入するのに異論がある人も多かろう。 そういう意味では、犬猫などを商売に利用する事業者から特別税や保証金を徴収するなり、また、動物愛護法を強化し違反者の取り締まり強化(現在は、例えば動物遺棄も現行犯でなければ摘発は困難)・罰則の厳格適用など遺棄させない取り組み・・・愛護動物保護を持続可能とする仕組みも含めて取組むべきではないか。 個人的にはそう思う。

施設といったハードの整備も確かに必要だが、本来の目的を達成するには、それらを維持したり継続して正しく運用していくといったソフトの面が何よりも重要なのだ。
posted by 少彦梛 at 10:32| Comment(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

ペットたちの安寧の時代は来るか

今日、8月15日は、先の大戦での戦没者を追悼し平和を祈念する日であり、「全国戦没者追悼式」が執り行われる。 個人的にも平和を祈念していても、実際には国際紛争が絶えないのもまた事実である。


そんな日に朝日新聞の電子版で見た『「猫カフェ」首都圏で急増中』の記事・・・。 「お茶」をしながら、ネコと一緒に遊んだりくつろいだりできる喫茶店のことらしい。 実際、猫好きで飼いたくとも、住環境により猫などのペットが飼えない人たちが「癒され」に来ているらしい。 ある意味平和なのだろう。 「猫カフェ」に通う、その気持ちは分からなくはない。 それに目をつけ、「猫カフェ」の全国展開を計画する企業も出てきているらしい。 ある会社では、現在展開中の3店舗で年間売り上げを1億円前後と見込んでいるらしく、その会社の社長は「猫カフェの需要はまだまだある」と話し、年内に都内で更に出店する計画を立てていると聞く。

私自身はその「猫カフェ」なるものに行ったことが無いのだか、どんな猫達がいるのだろうか・・・。 多くは「純血種」であるに違いない・・・と勝手に思っているのだが、はたしてこの「猫カフェ」なるもののブームはどのくらい続くのだろうか? 10年20年続くものなのだろうか? 少なくとも猫は10年以上生きる。 「猫カフェ」に居る猫が年老た場合、彼らはどうなるのだろうか? その生が全うされるまで経営者は責任を持って猫たちの面倒をみるのか? また、彼らが経営に失敗した場合、猫達の処遇はどのようになるのであろうか? 極めて心配でならない。 規模は小さくとも、「広島ドックパーク崩壊」と同じような状況に陥りはしまいか・・・。


一時期、ペットとして犬を飼うのがブームになった時期がある。 イヤ、今でもトイプードルだのミニチュアダックスフンドなどの小型犬は人気品種で、犬を飼うブームは続いているともいえる。 ただ、かつて人気犬種だったシベリアンハスキーなどはどうなったのか? 実際のところ、そういったその時々の人気犬種を当て込んで繁殖させ、一儲けしようとしたブリーダーと言われる人は数多くいた。 ところが、人気犬種が様変わりし・・・つまり需要が激変したため大金をかけて繁殖させた犬種が売れなくなり、所謂倒産した繁殖業者は多数いると聞く。 そして、その業者が繁殖用、つまり仔犬を生ませるためだけに生かされ続けていた親犬の多くは、「処分」されるとも・・・。 彼らの引き取り手が居なければだ。 破産した業者は犬達の餌も買えないから、養えきれず死んでいくしかない・・・。 場合によっては、犬達を放置して行方をくらます者もいると聞く。

むろん、金儲けを主目的にしない、きちんとしたブリーダーさんもいる。 恐らく極僅かだが・・・。


「動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)」もあるが、この法も本来の「愛護」とはかけ離れている感がなくはない。 例えば、各県で呼称は異なるが、県ごとに「動物愛護センター」という尤もらしい名前の組織が存在するものの、実態としては人間の都合で飼えなくなって「動物愛護センター」などに持ち込まれた犬猫、ペットは大量に処分(死)されているのが現実らしい。 国内で処分される犬猫は年間30〜40万頭にも上るとも聞く(要確認)。 「動物愛護センター」に持ち込んでも次の飼い主が見つかる、もしくは見つける努力がなされる犬や猫は極僅かだという。 もし詳しく知りたければ、「犬猫&処分」でネットを検索すれば物凄い数がヒットすると思う。

言うまでも無く、彼らが死(処分)を余儀なくされているのは、人間が自らの生命を維持するためではない。 ヒトの身勝手さによるものだ。 日本人が食のために捕鯨するのとは訳が違う。 私自身は極端な動物愛護の思想の持ち主では無いと思っている。 食べるためにヒトが生き物に死を与えてるのとは、訳が違うのだ。

ヒトが、自らの一時的な癒しを求めて安易に「猫カフェ」へ行くことや「猫カフェ」経営自体を否定するものではない。 しかしながら以上のような状況を鑑みると、「猫カフェ」は如何なものかとも思えてくる。


かつてある消費者金融会社がチワワをTVコマーシャルに起用し利用者を増やし、現在もある通信会社が白犬を起用したTVコマーシャルを流している。 これらを含めて、犬や猫などの動物をただ単に「ヒトのお金儲けの道具として利用する」ことに対し、嫌悪感を感じているのは私だけであろうか・・・。

人間の身勝手さに翻弄されない、ヒト以外の動物達の平和な時代はいつ来るのだろうか?
posted by 少彦梛 at 19:47| Comment(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

ある老犬の詩

13年前の今日、「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」通称「阪神・淡路大震災」(災害名)が起き、多数の死者がでました。 死者:6,434名、行方不明者 :3名。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り致します。

で、今日の話題は・・・。
私の友人の友人がアルカイ・・・いや、ある会のお手伝い、または個人として、捨て犬捨て猫の保護・里親探し活動、また、地域猫活動といったボランティア活動をしています。 阪神淡路大震災に限らず、その後の新潟県中越地震、能登半島地震、新潟県中越沖地震でも被災したのは人だけではなく犬や猫といったペットも多数亡くなったと思います。 それは災害だから仕方ないとしても、仮に生き残っても避難所にはペットを連れて行けるわけでなく、生き残った故に飼い主もペットも亡くなった場合より苦しい選択を迫られたんじゃないか、と友人は話してました。

そういえば、最近、新潟県中越地震で孤立した旧古志郡山古志村に置き去りにされた犬を取り上げた映画が公開されてましたね。 そして、同じ新潟県中越地震では、避難所に連れて行けなくてペットと一緒に車の中で寝起きしてた女性が「エコノミー症候群」(血管が剥離した血栓で詰まる病)で亡くなったといった報道も記憶にある。
飼い主としては、『大切な家族』であるペットを見捨てることはできないのでしょう。 逆に言えば、ペットを飼う人は、「もし災害に見舞われたら家族であるペットをどうするのか?」といったことを事前に真剣に考えておいて貰いたい。 件の友人は、飼ってる猫の面倒は頼むよっと気軽に私に言ってるが・・・却下だ!(笑)。 友人よ真剣に考えなさい。

ところが、このような非常事態ではなく、ニンゲンのツゴウで犬猫を捨てる輩がいる。 友人に聞くと、日本全国では30万匹以上の犬猫が行政の手で殺され処分されてるらしい。 しかも税金で。 でも、私が子供の頃の昔のように野犬とかは見かけないし何でそんなに?と思っていると・・・今まで飼っていたペットをニンゲンのツゴウで行政に持込んでいるそうだ。 驚きである。 ペットは家族ではないのか? しかも、その理由が、ペット不可の物件に引っ越すからとか、子供が生まれたとか、可哀想で避妊去勢をしてなくて子犬や仔猫が生まれたとか・・・、天災などではなく本当に身勝手なツゴウである。 しかも、行政側は「動物愛護センター」とかいかにもな名称を付け、持ち込まれた犬猫の里親探しもおざなりで、ガス室で次々処分していくと聞く・・・。 まるでナチスドイツのホロコースト? アウシュビッツの強制収容所には、「働けば自由になる(ARBEIT MACHT FREI)」と掲げられてるが、もちろん墓堀以外の働き場もなく、収容された者は次々とガス室で大量殺戮されていった「民族浄化」に妙に重なって見える・・・。 

閑話休題

友人の友人のブログで次のような詩を読んだので、ここの転記しておきます。 今、ペットを飼っている方、これから飼おうとお考えの方は特に、そして、そうでない方も「続きを読む」以降を一読していただければ幸いです。

続きを読む
posted by 少彦梛 at 23:56| Comment(1) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

連日の猛暑とペット

いやぁ、暑いですねぇ。 東京は昨日も連日の猛暑日でしたねぇ。 昨夜は熱帯夜でしたし、昨日一日は皆さんのご家庭の冷房もフル活動したでしょう。

そして、この時期恒例(?)の国民大移動(笑)。
帰省、レジャーで多くの方がお出かけで道路も公共交通機関も恐らく1年で一番混雑する時期。 皆様、お疲れ様です。 ちなみに私は夏休みはなくて、明日から1週間もお仕事です(ハァ)。

昨夜のTVニュースでも帰省ラッシュの状況を放映してましたが、高速道路のあるSAではドックランを設置し、移動中の飼い犬が水浴びをしていたりしている光景があった。 飼い主としては家族である犬と出かけたい気持ちはよく分かるが、はたしてこれはいいことなのか?
車中でエアコンをかけているとはいえ、渋滞中は意外に社内温度は下がらない。 ほぼ同じ場所で全ての車がエンジンというストーブを焚いて外の温度を上げてるから(笑)。 人間は発汗という作用があり体温を下げることもできるが、犬にはない。 人間より体温調節が苦手なのだ。

人間の子供も大人に比べて体温調整機能が発達していないのか、エアコンのかかった車内であっても熱中症にかかる事例があとを絶たない。 犬にも同じことが言える。 飼い主が快適でも犬にとっては不快であり、大きなストレスになりはしないか・・・。

飼い犬も大切な家族であると考えるならば、移動は比較的涼しくて渋滞の少ない夜中に行うべきではなかろうか。 私などはそう思う。
ペットを可愛がるのは結構であるが、飼い主の身勝手な思いで実際には大切な家族を苦しめているのではないか、と一度自分の行いを振り返ってもらいたいと思う。


少し前の報道であるが、北海道弟子屈町の女性が約140匹の犬を登録もせず狂犬病の予防注射もせず飼育しているという。 しかも最初は約20匹を関東で保護し、北海道に移り住んできたようだ。 これだけの数ということは、最初保護した約20匹からここまで避妊手術もしていないのだろう。
また、近隣住民からは「犬の飼育場から抜け出した犬が徘徊(はいかい)している」など苦情が寄せられており、住民は不安に思っている。

町は数年前から口頭で何度も指導したが効果がなく、現状改善を文書で勧告、7月19日にはさらに重い改善命令を提示したという。 飼い主は、「犬をありのままで育てたい」「狂犬病の予防接種は毎年する必要がないし、犬にも負担」(以上、要旨)と主張しているらしい。
町は狂犬病予防法違反などによる刑事告発も検討しているそうだが、この飼い主は告発してくれと言っているという。 何か裁判で主張したいのだろうと思うが、自分の考える動物愛護を公に主張したいがためにこの140匹の犬を利用しているのではないか、とも目に映る。
なんとも自分の身勝手だけでこれだけの犬を飼育しているのではないか。 犬の方も自由気ままに生きていくことを許容されて幸せに見えるかもしれないが、本当にこの犬たちが幸せかは甚だ疑問である。 毎年凍死している犬もいるという。

法を遵守しないで、自分の思想信条のみを拠り処にしてペットを飼育する自由を謳歌したいなら、法の元で形成されている人間社会から離れ、どの国にも属さない無人島にでも行くべきであろう。
posted by 少彦梛 at 00:57| Comment(2) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。